記事置き場

課題に追われながらアドカレを書いている

宇宙初期の相転移 - 自発的対称性の破れとインフレーション

\require{physics}

色々試した結果だいぶ改善されましたが、はてなブログ上で数式がうまく表示されない部分があります。これ以上時間をさきたくないので、心の目で補完してください。

この記事は東京大学理学部物理学科学生有志によるPhysics Lab. 2022 Advent Calendar 2021 21日目の記事です。

1221はひっくり返しても1221なので好きです。20211202には負けてしまいますが、20211221は素数なので引き分けです1。などと言っていれば21日を過ぎてしまいました。

はじめに

宇宙の相転移

水は温度によって気体、液体、固体と姿を変えます。水に限らず、物質は温度や圧力などの熱力学的な条件によって様々な状態()をとります。こうした状態の変化を相転移と言います。

宇宙はかつていくつもの相転移を経験してきたと考えられます。宇宙の相転移は、対称性が破れ、高いエネルギーの真空から低い真空へ移る現象です。高エネルギーでは1つだった力は、相転移によって重力、強い力、弱い力、電磁気力に分かれていきました。インフレーション理論は、真空のエネルギー密度の解放により指数関数的に宇宙が膨張していったという理論です。

f:id:Fujikami:20211223173203p:plain
図1 真空の相転移

この記事の内容

この記事では実スカラー場の自発的対称性の破れと温度による効果を大雑把な議論で見て、電弱相転移などの宇宙初期に起きた相転移についても軽く触れます。そして実スカラー場の自発的対称性の破れにより説明されるインフレーション理論について見ていきます。ゲージ理論と標準宇宙論もざっくり解説します。

学部3年生程度の知識を仮定して書きますが、そんなにややこしい式変形はないので読みにくくはないと思います。ややこしい式変形は(私が追えてないものも多いので)省略しました。

主にKolb,Turner "The Early Universe"[1]の7.1節と8.2節を中心に読んでこの記事を書きました。自発的対称性の破れについては坂本眞人「場の量子論」[2]を、標準宇宙モデルでは高原文郎「宇宙物理学」[3]を参考にしました。その他参考にした本は一番最後にまとめてあります。

計量は(+,-,-,-)とします。[1]と[2]が(+,-,-,-)で書いているからです(他の文献を確認するときに微妙な違いがあり混乱しました)。後半で参考にした[3]は(-,+,+,+)を使っていまが、この記事内では(+,-,-,-)に表記を統一するため書き直しています。

坂本QFTを読んだ人は2章と3章の前半は読み飛ばしても大丈夫です。新しいことは書いていません。また、Kolb,Turner等の宇宙論の本を読んでインフレーションを知っている人は……この記事は読むまでもないかもしれません。

注意

この内容は私にとってはかなり冒険した、欲張った内容になります(クリスマスなので(?)2)。これから述べていく概念をちゃんと理解しているとは言い切れず、間違ったことを言っている可能性も十分あります。こんなお話もあるんだ程度で流してください。

目次

対称性

準備: 質量次元

準備として、これから使う自然単位系と質量次元について説明します。自然単位系は

 \displaystyle
\begin{align}
  \hbar=c=1
\end{align}

としてしまう単位系です。もともと\hbarcは質量、長さ、時間の次元を含みますが、上の式によって2つ減り、どんな単位も質量のn乗で表すことができます。例えば

 \displaystyle
\begin{align}
  \frac{\hbar}{mc}
\end{align}

という量は長さの次元を持ちますが、\hbar=c=1なので1/mすなわち質量の-1乗の次元を持ちます。位置座標x^\muが質量の-1乗の次元を持つことを

 \displaystyle
\begin{align}
  [x^\mu]=-1
\end{align}

と書きます。他にも

 \displaystyle
\begin{align}
  &[t]=-1,\quad [\partial_\mu]=1,\\
  &[S]=0,\quad [\mathcal{L}]=4,\quad [\phi]=1
\end{align}

などがわかります。Sは作用、\mathcal{L}ラグランジアン密度、\phiスカラー場です。どうしてこうなるかは簡単なので考えてみてください。

また、Boltzmann定数k_\mathrm{B}=1としてしまいます。すると温度は質量と同じ次元を持ちます。

 \displaystyle
\begin{align}
  [T]=1
\end{align}

これによりエネルギーと温度が同じ次元を持つようになります。

不変性

宇宙の相転移は対称性の破れによって起こります。ここではその前に、場の理論において不変性(あるいは対称性)がいかに重要かについて書きます。私もまだ勉強中の身なので、この章には不正確な記述も多く含まれます。このあたりの分野が気になる人はまともな本を読んで勉強してください。

作用積分S (あるいは単に作用とも)に最小作用の原理\delta S=0を課すと、様々な物理法則を表す方程式が出てきます(Newtonの運動方程式Shr\"{o}dinger方程式、Maxwell方程式 etc.)。これらの方程式は不変性を持っていることが多いです。例えばMaxwell方程式

 \displaystyle
\begin{align}
  \partial_\mu(\partial^\mu A^\nu-\partial^\nu A^\mu)=j^\nu
\end{align}

はゲージ変換

 \displaystyle
\begin{align}
  A^{\prime\mu}=A^\mu+\partial^\mu\Lambda(x)\label{Amu_gauge}
\end{align}

に対して不変です(\Lambda(x)スカラー場)。運動方程式の持っている変換に対するこの不変性は、作用積分も同じく持っています。真空中(j^\mu=0)で、電磁場のラグランジアン密度は、

 \displaystyle
\begin{align}
  \mathcal{L}=-\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}
\end{align}

で与えられますが、これが(8)式の変換で不変であることは簡単に確かめられます(そもそも場の強さF_{\mu\nu}がゲージ不変です)。作用がゲージ変換で不変だからこそ、その運動方程式たるMaxwell方程式も不変性を持つと考えることもできます。

では、この不変性を原理にしてしまうのはどうでしょう。物理法則が不変性を持つのではなく、不変性こそが物理法則を決めていると考えてみるのです。

作用積分に以下を要請します。

(1) いくつかの不変性

まずは相対論的不変性を要請します。ローレンツ変換と時空並進で不変という意味です。つまり作用がスカラーであればよいです。その他に大局的\mathrm{U}(1)不変性や\mathrm{Z}_2不変性などを必要に応じて要請します。これらは後で詳しく書きます。

(2) エルミート性

古典論でラグランジアン密度は実数でなければなりません。物理量が実数であるために必要です。量子論的にはエルミートであると言います。

(3) 局所性

A_\mu(x)A_\mu(x+a)などという項があると、点xから点x+aまで相互作用が一瞬で伝わってしまいます3

(4) 真空の存在

ハミルトニアン固有値(エネルギー)に下限が存在しなければいけません。ポテンシャルが下に凸であればよいです。エネルギーの最低固有状態を真空状態と言います。

(5) くりこみ可能性

くりこみという操作で意味のある値を得るために、ラグランジアン密度に含まれる項の質量次元は4以下でなければいけません。ここの詳細は私も勉強不足につきよく知りません。

(2)から(5)までの要請は、まあそうであって欲しいなという感じが伝わってきますが、重要なのは不変性です。過程は省略しますが、ゲージ変換による不変性と相対論的不変性、あとは(2)から(5)を要請すれば、

 \displaystyle
\begin{align}
  \mathcal{L}=-\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}
\end{align}

が(非本質的な係数を除いて)一意に定まります4

このような少ない要請から物理法則を記述できるというのは大変魅力的な話です。

スカラー場のラグランジアン密度

実際に上の要請から、スカラー\phiラグランジアン密度を構成してみましょう。今回は\phi\to-\phiと変換してもラグランジアン密度が変化しないという\mathrm{Z}_2不変性も要請します。(1)相対論的不変性と(5)くりこみ可能性から、

質量次元 スカラー
1 \phi
2 \phi^2
3 \phi^3,\partial_\mu\partial^\mu\phi
4 \phi^4,\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi,\phi\partial_\mu\partial^\mu\phi,\partial_\mu\partial^\mu(\phi^2)

といった項が含まれる可能性があります。ラグランジアンに全微分の項が含まれていても運動方程式の形は変わらないので、\partial_\mu\partial^\mu\phi\partial_\mu\partial^\mu(\phi^2)はなくてもいいです。\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi\phi\partial_\mu\partial^\mu\phiの差も全微分の項なので、片方は必要ありません5

後者は無視します。\mathrm{Z}_2不変性のために\phi\phi^3は消去されます。残った項に適当な係数をつけて、実スカラー場のラグランジアン密度

 \displaystyle
\begin{align}
  \mathcal{L}=\frac{1}{2}\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi-\frac{1}{2}m^2\phi^2-\frac{1}{4!}\lambda\phi^4
\end{align}

を得ることができました。(2)エルミート性からm^2\lambdaは実数です。(4)真空の存在から、第1項の係数は正にとり、\lambda>0です。(3)局所性も満たしています。mは質量と同じ次元を持つ量で、\lambdaは無次元の量です。\lambdaの係数が1/4!となっているのはFeynman規則での表式を簡単にするためですが、この記事の上では重要ではありません。

第1項は運動エネルギー、第2項は質量、第3項は相互作用を表す項です。最小作用の原理(あるいはEuler-Lagrange方程式)から、

 \displaystyle
\begin{align}
  \partial_\mu\partial^\mu\phi+m^2\phi+\frac{\lambda}{3!}\phi^3=0
\end{align}

となります。相互作用(\phi^3)を無視すればKlein-Gordon方程式と一致します。mが質量を表していることもわかります。

スカラー場のラグランジアン密度は後でまた出てきます。ポテンシャルの項

 \displaystyle
\begin{align}
  V(\phi)=\frac{1}{2}m^2\phi^2+\frac{1}{4!}\lambda\phi^4
\end{align}

において

 \displaystyle
\begin{align}
  V^{\prime\prime}(0)=m^2
\end{align}

というように、真空状態\expval{\phi}=0でのポテンシャルの2階微分が質量の2乗になることを覚えておいてください。

ゲージ理論

自由Dirac場のラグランジアン密度は

 \displaystyle
\begin{align}
  \mathcal{L}=\bar{\psi}(x)(i\gamma^\mu\partial_\mu-m)\psi(x)
\end{align}

で与えられます。導出は省略しますが、大域的\mathrm{U}(1)変換

 \displaystyle
\begin{align}
  \psi^\prime(x)=e^{-i\theta}\psi(x)
\end{align}

で不変であるという大域的\mathrm{U}(1)不変性を課しています(e^{-i\theta}は1次のユニタリー群\mathrm{U}(1)の元です。\thetaは位置によらないただのスカラーなので、全ての点において同じだけ位相をずらす変換になります)。

自由粒子Dirac方程式は

 \displaystyle
\begin{align}
  (i\gamma^\mu\partial_\mu-m)\psi(x)=0
\end{align}

で与えられます。ここで局所的\mathrm{U}(1)変換

 \displaystyle
\begin{align}
  \psi^\prime(x)=e^{-iq\Lambda(x)}\psi(x)\label{U1}
\end{align}

を考えてみます(今度は位置によって位相のずれが異なるので局所的と言っています)。当然この変換でDirac方程式は不変ではありません。左辺を計算すると

 \displaystyle
\begin{align}
  (i\gamma^\mu\partial_\mu-m)e^{-iq\Lambda(x)}\psi(x)&=e^{-iq\Lambda(x)}(i\gamma^\mu\partial_\mu-m)\psi(x)+e^{-iq\Lambda(x)}\psi(x)q\gamma^\mu\partial_\mu\Lambda(x)\\
  &=e^{-iq\Lambda(x)}\psi(x)q\gamma^\mu\partial_\mu\Lambda(x)\\
  &\neq0
\end{align}

と余分な項が生じてしまいます。これを消すにはどうすればよいか?Dirac方程式を、\mathrm{U}(1)変換したら[tex:-q\gamma^\mu\partial\mu\Lambda(x)]が出てくるようにすればいいです。この項は見覚えがあります。ゲージ場[tex:A\mu]のゲージ変換

 \displaystyle
\begin{align}
  A^\prime_\mu=A_\mu+\partial_\mu\Lambda(x)\label{gauge}
\end{align}

です。Dirac方程式に-\gamma^\mu qA_\muの項を加えてみます。すると、

 \displaystyle
\begin{align}
  \qty(i\gamma^\mu(\partial_\mu+iqA_\mu)-m)\psi(x)=0
\end{align}

という形になります。(\ref{U1})式と(\ref{gauge})式の変換を同時に行ってもDirac方程式の形が変わらないことは容易に確かめられます。

これは電磁場中の荷電粒子のDirac方程式そのものです。要請したのは局所的な\mathrm{U}(1)変換とゲージ変換で運動方程式が不変であることのみ、なのに電磁場の相互作用が自然に現れてしまいました。

このように不変性(対称性)が場の理論で重要そうな役割を持っていることがわかりました。他にも、強い力は\mathrm{SU}(3)ゲージ理論によって記述され、量子色力学と呼ばれています。弱い力と電磁気力は\mathrm{SU}(2)\times\mathrm{U}(1)_\mathrm{Y}で記述され、電弱理論またはWeinberg-Salam理論と呼ばれています。これらを統一した\mathrm{SU}(3)\times\mathrm{SU}(2)\times\mathrm{U}(1)ゲージ理論標準模型です。さらに大きな対称性を課すと大統一理論になります。

自発的対称性の破れ

真空状態

真空とは何かについて整理する必要があります。一般的には真空とは何もない空間を指します(気圧が何Pa以下を真空と呼ぶという定義もあります)が、量子力学では最もエネルギーの低い状態を指すのでした。

本来は秩序パラメータと呼ばれる演算子\delta_QA(x)を真空状態\ket{0}で挟んだ

 \displaystyle
\begin{align}
  \bra{0}\delta_QA(x)\ket{0}\neq0
\end{align}

が対称性の破れの指標になるようなのですが(これが0なら対称性が保たれている)、今回は古典的に考えてしまうことにします。つまり、一番安定で実現しやすいポテンシャルの底が真空の期待値\expval{\phi}=\bra{0}\phi\ket{0}であり、これが対称性の破れの指標であると考えます。

自発的対称性の破れ

スカラー\phiを考えます。ラグランジアン

 \displaystyle
\begin{align}
  \mathcal{L}=\frac{1}{2}\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi+\frac{1}{2}m^2\phi^2-\frac{1}{4}\lambda\phi^4
\end{align}

からなる系を考えます。2章とは係数の符号と大きさを若干変えてあります6、不変性の要請からは禁止されていない範囲での変更です。\mathcal{L}\phi\to-\phiと変換しても不変なので、この系はZ_2対称性を持ちます(そもそもZ_2対称性を要請したことでこのラグランジアンを得たのでした)。第1項は運動エネルギーで、それ以降はポテンシャルエネルギーを表します。

 \displaystyle
\begin{align}
  \mathcal{L}&=\frac{1}{2}\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi-V(\phi)\\
  V(\phi)&=-\frac{1}{2}m^2\phi^2+\frac{1}{4}\lambda\phi^4
\end{align}

ラグランジアン自体はZ_2対称性を持っていることをもう一度強調しておきます。

f:id:Fujikami:20211223173211p:plain
図2 ポテンシャル

しかし、図2を見れば明らかなようにポテンシャルの底は\phi=0ではありません。真空の期待値は[tex:\expval{\phi}=\pm\sqrt{m2/\lambda}]になります。Z_2対称性が破れていることになります。ラグランジアンは対称性を持つのに、実現する状態は対称性を破っている、これが自発的対称性の破れです。

有限温度

\expval{\phi}=0は何がダメなのでしょう。\expval{\phi}=0のとき、スカラー\phiの質量Mは真空状態でのポテンシャルの2階微分で与えられたことを思い出すと、

 \displaystyle
\begin{align}
  M^2=V^{\prime\prime}(0)=-m^2
\end{align}

となります。虚数の質量が表れてしまいました。

これをなんとかしたいので温度の項を加えてみます。

 \displaystyle
\begin{align}
  M^2=-m^2+a\lambda T^2
\end{align}

温度の2次式なのは、次元を合わせた結果です(k_\mathrm{B}=1なので温度の質量次元は1です)。\lambdaは後の式をきれいにするために入っていて、aは適当な係数です。荒っぽい取り入れ方ですが、熱浴に接してエネルギーをもらっているイメージです。

これによりポテンシャルは

 \displaystyle
\begin{align}
  V(\phi)=\frac{1}{2}(-m^2+a\lambda T^2)\phi^2+\frac{1}{4}\lambda\phi^4
\end{align}

となります。このポテンシャルの形は温度Tによって変わります(図3)。

高温T>T_\mathrm{c}では\phi=0で安定ですが、転移温度[tex:T_\mathrm{c}=\sqrt{m2/a\lambda}]を下回ると不安定になり、真の真空に移ります。V^\prime(\phi)=0となる点を図に描けば以下のようになります(図4)。

f:id:Fujikami:20211223173225p:plain
図3 温度の効果

f:id:Fujikami:20211223173233p:plain
図4 真空のの期待値と温度

2次元Ising模型の相転移と似ていることがわかります。2次の相転移です。このように簡単なモデルで真空の相転移を見ることができました。

温度の導入が流石に雑でした。しかし厳密にやるとややこしいし、まだ私も理解できていないので書きません。[2]の下巻などを参照してください。有限温度の場の理論によれば、1ループ有限温度補正をすると

 \displaystyle
\begin{align}
  V_T(\phi_\mathrm{c})=V(\phi_\mathrm{c})+\frac{T^4}{2\pi^2}\int_0^\infty dx\ x^2\ln\qty(1-\exp\qty(-\sqrt{x^2+\frac{M^2}{T^2}}))
\end{align}

となります。V(\phi_\mathrm{c})はゼロ温度の1ループ有効ポテンシャルで

 \displaystyle
\begin{align}
  V(\phi_\mathrm{c})=-\frac{1}{2}m^2\phi_\mathrm{c}^2+\frac{1}{4}\lambda\phi_\mathrm{c}^4+\frac{1}{64\pi^2}M^4\ln\qty(\frac{M^2}{\mu^2})
\end{align}

です。これを高温T\gg T_\mathrm{c}で展開すると、[tex:\lambda T2\phi_\mathrm{c}^2/8]という項が出てきます。これが上で行った温度の効果の導入に対応しています。

電弱相転移

高温では電磁気力と弱い力が区別できません。光子とWボゾン、Zボゾンが質量を持たないためです。温度が下がると、電弱相転移が起こります。 これは\mathrm{SU}(2)\times\mathrm{U}(1)_\mathrm{Y}\to\mathrm{U}(1)_\mathrm{em}というゲージ対称性の破れによる相転移です。ゲージ対称性はWボゾンやZボゾンなどのゲージ場が質量を持つことを禁止しているのですが、対称性が敗れることで質量を持つようになります。ただし\mathrm{U}(1)_\mathrm{em}対称性は保たれているので、光子は質量を持たないままです。

こうして電磁気力と弱い力が区別できるようになり、力の分離が起こるのです。他の力に関しても似たような対称性の破れによって分化していったと考えられます。

f:id:Fujikami:20211223173249j:plain
図5 力の分離

宇宙の温度が下がっていき、強い力によってクォークの閉じ込めが起こるようになるクォークハドロン相転移というものもあります。

トポロジカル欠陥

宇宙の相転移に伴ってトポロジカル欠陥も生じます。トポロジカル欠陥は対称性の破れが完全ではなく、偽の真空の領域が安定して残ってしまう構造です。2次元のものをドメインウォール、1次元のものを宇宙ひも、0次元のものをモノポールと呼びます。

このあたりは[1]の7.2以降に書いてありますが、まだ読めていないので詳しくは書けません。

標準宇宙モデル

膨張宇宙

インフレーション理論に入る前に、標準的な宇宙モデルについて説明しておきます。ざっくりとした説明になってしまいますが、本当はもっと奥が深いので気になる人は勉強してみてください。

一様等方な宇宙はRobertson-Walker計量

 \displaystyle
\begin{align}
  ds^2=dt^2-a(t)^2\qty(\frac{1}{1-kr^2}dr^2+r^2(d\theta^2+\sin^2\theta d\varphi^2))
\end{align}

によって記述されます。aはスケール因子、kは曲率を表す量です。a=1で曲率のない(k=0)場合は普通のMinkowski計量になることがわかります。a(t)が時間に伴って増加するのが宇宙膨張です。

Einstein方程式は

 \displaystyle
\begin{align}
  R_{\mu\nu}-\frac{1}{2}g_{\mu\nu}R-\Lambda g_{\mu\nu}=4\pi GT_{\mu\nu}
\end{align}

です。一様等方宇宙ではT_{\mu\nu}も一様等方なので、完全流体のエネルギー運動量テンソル

 \displaystyle
\begin{align}
  T_{\mu\nu}=(\rho+p)u_\mu u_\nu-pg_{\mu\nu}
\end{align}

と同じ形を持ちます。これらから

 \displaystyle
\begin{align}
  &3\qty(\qty(\frac{\dot{a}}{a})^2+\frac{k}{a})-\Lambda=8\pi G\rho\\
  &2\frac{\ddot{a}}{a}+\qty(\frac{\dot{a}}{a})^2+\frac{k}{a^2}-\Lambda=-8\pi Gp
\end{align}

を得ます。この計算は単調かつ冗長なので省略します。2つの式を合わせてFriedmann方程式と言うこともあれば、1番目の式のみを指すこともあります。

観測によれば宇宙はほぼ平坦だと分かっているので、以降はk=0とします。

 \displaystyle
\begin{align}
  &3\qty(\frac{\dot{a}}{a})^2-\Lambda=8\pi G\rho\\
  &2\frac{\ddot{a}}{a}+\qty(\frac{\dot{a}}{a})^2-\Lambda=-8\pi Gp
\end{align}

宇宙モデル

Friedmann方程式だけでは宇宙の状態は決まりません。宇宙を占めている物質の状態方程式を与える必要があります。通常の宇宙では従う状態方程式が異なる複数の物質が混ざっていますが、単純に一種類の物質が宇宙を占めていると考えてみます。

宇宙項を無視(\Lambda=0)し、p=0とすれば普通の物質が占める宇宙を表し、ダスト宇宙と言います。p=\rho/3とすれば光子などの相対論的な物質を表し、輻射宇宙と言います。

今回は宇宙項について考えてみます。普通の物質は無視(\rho=p=0)し、

 \displaystyle
\begin{align}
  \Lambda=8\pi G\rho_\mathrm{v},\ \Lambda=-8\pi Gp_\mathrm{v}
\end{align}

とすると、

 \displaystyle
\begin{align}
  &3\qty(\frac{\dot{a}}{a})^2=8\pi G\rho_\mathrm{v}\label{1-1}\\
  &2\frac{\ddot{a}}{a}+\qty(\frac{\dot{a}}{a})^2=-8\pi Gp_\mathrm{v}
\end{align}

というように、Friedmann方程式はあたかもエネルギー密度\rho_\mathrm{v}、圧力p_\mathrm{v}の物質があるかのような形に書けます。このいわゆる真空のエネルギーの従う状態方程式

 \displaystyle
\begin{align}
  p=-\rho
\end{align}

です。Friedmann方程式も簡単に解けます。(\ref{1-1})式から、Hubble定数

 \displaystyle
\begin{align}
  H:=\frac{\dot{a}}{a}=8\pi G\rho_\mathrm{v}
\end{align}

は時間に依らず一定であることがわかります。あとは微分方程式を解けば、

 \displaystyle
\begin{align}
  a(t)=a_0\exp(Ht)
\end{align}

が分かりました。これをde Sitter宇宙と言います。

その他の宇宙モデルについては省略しますが、まとめると以下のようになります。

時期 宇宙モデル 膨張の様子
放射優勢期 輻射宇宙 a\propto t^{1/2}
物質優勢期 ダスト宇宙 a\propto t^{2/3}
宇宙項優勢期 de Sitter宇宙 a\propto\exp(Ht)

べき乗で膨張する他の宇宙モデルと比べてde Sitter宇宙は指数関数的に膨張にします。

インフレーション理論

インフレーションの概要

インフレーション理論は、ビックバンの前に指数関数的な膨張があったとする理論で、実スカラー\phiの真空の相転移により説明されます。\phiに対応する粒子はインフラトンと言います。

スカラー\phiを考えます。ラグランジアン

 \displaystyle
\begin{align}
  \mathcal{L}=\frac{1}{2}\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi-V(\phi)
\end{align}

であり、ポテンシャルは図6のような形をしているとします。

f:id:Fujikami:20211223173241p:plain
図6 インフレーションのポテンシャル

\phi=0の近くには多少のバリアがあってもいいものとします(その場合、トンネル効果や熱ゆらぎで移る1次の相転移になります)。また、その先には少し平坦な領域が広がっているものとします。宇宙の温度が下がっていくと真空の相転移が起こり、\phiは真の真空へとゆっくり転がり出します。このとき真空のエネルギーが解放され、宇宙は指数関数的に膨張します。

真空のエネルギーが解放されるとはどういうことか、もう少し詳しく考えてみます。エネルギー運動量テンソル

 \displaystyle
\begin{align}
  T_{\mu\nu}=\partial_\mu\phi\partial_\nu\phi-\mathcal{L}g_{\mu\nu}
\end{align}

で与えられます7。代入すると

 \displaystyle
\begin{align}
  T_{\mu\nu}=\partial_\mu\phi\partial_\nu\phi-\qty(\frac{1}{2}\partial_\rho\phi\partial^\rho\phi-V(\phi))g_{\mu\nu}\label{1-2}
\end{align}

これと完全流体のエネルギー運動量テンソル

 \displaystyle
\begin{align}
  T_{\mu\nu}=(\rho+p)u_\mu u_\nu-pg_{\mu\nu}
\end{align}

を比較することで

 \displaystyle
\begin{align}
  \rho&=\frac{1}{2}\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi+V(\phi)\\
  p&=\frac{1}{2}\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi-V(\phi)\\
  u_\mu&=\partial_\mu\phi/\sqrt{\partial_\nu\phi\partial^\nu\phi}
\end{align}

を得ます8。運動エネルギーよりポテンシャルエネルギーの方が大きい

 \displaystyle
\begin{align}
  \frac{1}{2}\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi\ll V(\phi)
\end{align}

のなら、スカラー\phi状態方程式

 \displaystyle
\begin{align}
  p=-\rho
\end{align}

がわかります。これは宇宙項と同じ性質であり、\phiのエネルギー密度が主要となった宇宙はde Sitter宇宙

 \displaystyle
\begin{align}
  a\propto\exp(Ht)
\end{align}

で記述されることになります。

このように真空の相転移により宇宙の指数関数的膨張が引き起こされることを見ることができました。

インフレーションのその後

\phiはやがてポテンシャルの底にたどり着き、他の粒子に崩壊しながらエネルギーを失うと考えられます。こうして宇宙が加熱される過程を再加熱と言います(が、「再」とあるのは名前だけで、実際は単なる加熱のようです)。

その後は輻射が優勢になり、a\propto t^{1/2}で膨張していくことになります。

おわりに

よもやま

今回の記事では、宇宙は火の玉から温度が下がっていくにつれて、いくつもの相転移を経験してきたと書きました。この相転移はある意味物理法則そのものの変化です。エネルギーが高くなれば高くなるほど、新しい(より広い枠組みの)物理法則が現れるのです。高エネルギー物理学は、今の理論がある上位の理論の低温状態に過ぎないのではないかという恐れを常に抱いています。また、高度に抽象化された理論に実験による検証が追いついていない現状があるかのように見えます。大統一理論超弦理論はもう現在の加速器では作り出せないほど高エネルギーです。 宇宙が高温であった時期があるのなら、それを上手く捉えることで理論の検証ができそうです。光子では晴れ上がり以前を見通すことはできませんが、背景ニュートリノや原始重力波など高温時代の名残りを見つけられる可能性はまだまだ残されています。より過去を見ようとする試みは、より高エネルギーの物理を求めることと等価なのです。その先に究極の理論があるのか、宇宙の始まりを知ることができるのか……それは誰にも分かりません。

よく理解している訳でもない、これは私の与太話でした。

あとがき?

こういった記事は12理解した人が10を語るものだと思うのですが、今回は8しか理解していない(0かも)のに10を書いてしまっています。12理解している人からはこの記事は稚拙に見えているかもしれません。

この記事を書こうと思いたったのは、大学の「統計力学II」の講義で相転移を学んだときです。宇宙初期にクォークハドロン相転移をはじめとするいくつもの相転移が起こっていた、ということは聞いたことがあったので、この機会に調べてみようと思いました。まだまだ場の理論の勉強が進んでいないので、この記事もかなり苦しいものになりました。有限温度での1ループ有効ポテンシャルやヒッグス機構、トポロジカル欠陥、インフレーションの種類、インフレーションが解決する問題、インフレーション中のゆらぎなど、今の私には扱えなかったトピックが無限に残されています。気力と体力と時間が許せばもっとちゃんと知りたいなと思っています(レポートがまだ残っているのにこの記事に時間をかけ過ぎたのは愚行でした)。

宇宙班について

最後に、私が班長を務める宇宙班についてコメントしておきたいと思います。

まずは班員が書いてくれた宇宙班の紹介重力崩壊の自己相似的収縮についての記事があるのでぜひぜひ読んでみてください。

Physics Lab. 2022 の宇宙班の内容はまだ決まっていません。班員たちの興味がばらけている部分もあるので、色んなトピックを雑多に、分かりやすく紹介できればいいなと思っています。班長的には、班員たちが好きなように話したいことを発表できる場になればそれで満足です(リーダーシップの欠片もない発言)。お楽しみに!

この記事の宇宙論パートでは、ゼミで[3]の6章を読んだときに班員が作ってくれた資料がとても参考になりました。先週の進捗報告会では、この記事の雛形説明をみんなに聞いてもらいました。拙い発表になってしまいましたが、指摘を受けて修正したり考えを整理したりできました。記事を書く上で分からない部分があったときも、相談に乗ってくれました。この場で改めてお礼を言いたいと思います。ありがとうございました。


長くなりましたが、読んでくださりありがとうございました。

参考文献

私が参考に読んだ本というより、これからしっかり読みたい本リストと言ったほうが正しいです。

[1] Kolb, Turner "The Early Universe"
[2] 坂本眞人 「場の量子論」「場の量子論 (II)」
[3] 高原文郎 「宇宙物理学-星銀河宇宙論-」
[4] ワインバーグ著 小松英一郎訳 「ワインバーグ宇宙論 上」
[5] 天文学辞典 https://astro-dic.jp
[6] ひっぐすたん https://higgstan.com (イラストをお借りしました)


  1. しかも20211221は原始ピタゴラス数の斜辺です。[tex:202112212=26467402+200371712]

  2. クリスマスはレポートと過ごす予定です。

  3. 微分の次数も無限でなければいけません。無限次を許すと非局所的な項が

    [tex:\displaystyle\begin{align}A_\mu(x)A_\mu(x+a)=A_\mu(x)\qty(A_\mu(x)+a^\nu\partial_\nu A_\mu+\frac{1}{2!}(a^\nu\partial_\nu)2A_\mu(x)+\cdots)\end{align}]
    というテイラー展開で書けてしまうからです。

  4. 正確には他の項も許されますが、運動方程式には寄与しません。

  5. 片方を部分積分すると\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi=-\phi\partial_\mu\partial^\mu\phi+\partial_\mu(\phi\partial^\mu\phi)

  6. [2]では4次の係数が1/(4!)でしたが、[1]は1/4だったので今度はそちらに合わせました

  7. [1]より。wikipediaや他の文献を見ると表記が若干違っています。本当は、他の表記やEinstein方程式で与えられるエネルギー運動量テンソルとコンシステントだという説明もすべきなのですが、私もよく分からないのでここではこれを認めてください

  8. (\ref{1-2})式の第1項からg_{\mu\nu}を引っ張りだすことはできないので、g_{\mu\nu}の1次の比較からpが求まります。\rhoスカラーであって欲しいので、ベクトルの部分はu_\muに押し付けて、かつu_\mu u^\mu=1が成り立つようにして\rhou_\muを得ます。ただしu_\muの符号には不定性が残ります。